月曜日, 9月 19, 2011

コブシを使わず、ただ食べずに想いを発信スル


今日(いや、もう昨日)は劇団ワークショップ。次回12月公演用の台本がはじめて数ページ配られたのだ。
芝居に携わる者なら誰しも、こうした折の心躍る感というのは、なんとも代えがたいものがある。

そうして夜の電車に揺られ帰り。
こんな時間も東京霞ヶ関の経済産業省の前(放射線量が高いらしい)では、19歳から22歳までの4人の若者が、原発に反対して、10日間、食を断っているという。
この未聞の日本の危機に、ハタチ前後の若者たちが、真剣に心を砕いている。

10日間の断食!

彼らよりよほどの脂肪をたくわえてしまった自分に、決行することができるだろうか?

---

200キロほど離れた場所で、すべての日常をさらわれてしまった人たちがいる。
土地を追われ、復興に向かうことすらできない。

日常をさらわれる。・・どういうことだろうか?!

遠い場所の話ではない。今も複合的に伝わる情報は安心から隔たっている。
いつ何時こうした、芝居の稽古をしたりという日常が、失われるか分からない。

---

少なくともこうした諸々を、知って、精神にたたみ込まなければ、自分は演劇に立ち向かうこともできないし、それ以前に、生きていく軸を保てない感じがする。

目や耳を開いて知ることを遠ざけては、マトモに考えることもできないし、考えられなければ、生を全体として生きることをも引き受けられない感じがする。だとすれば、芝居に向かうこともできなくなる。演劇表現というものが、生全般を扱うものだと、自分が信じている以上。

そして今は、「事象を精神にたたみ込む」といったフェーズを、完全に越えてしまっていると思う。

日常をさらうものには、抵抗しなければならない。
「いのち」を嘲笑う勢力に、反抗しなければいけない。

「弱肉強食」がまかり通るのを、渾身に否定しなければならない。

---

また「みんな楽しくHappyがいい」さんが、彼らに関する記事の転載や動画の書き起こしをされています。下記にコピペしておきます。ぜひお読みください(ぜひU-stインタビューの動画も見てください)。

彼らよりずいぶん年上の人間として、多分に恥を感じると同時に、このインタビュアー氏と同じく、「若者がこんな考え方を持っていて感動しています」。


それから今日は13時から、「さようなら原発 5万人集会」@明治公園(千駄ヶ谷)です!
http://sayonara-nukes.org/2011/09/110919_s-2/


ハンストは21日まで。
どうか若い彼らの健康が、害されないことを切に祈ります。

こんな声を上げることは、「政治的」でも何でも無い。そんな「余裕」を含む文言で表されるものでなくて、徹底的に、「生活的」な事がらに他ならない。そう思っています。

******

経済産業省前でハンガーストライキをする青年たち
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-825.html

枝野経済産業大臣就任会見(9/12)のなかで、下記のようなやり取りがありました
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-821.html

(00:36:18)
フリーランス:
それからもうひとつ、今、経済産業省の入り口で4人の若者が
二十歳前後の若者がハンガーストライキをしています
10日間何も食べずに原発を止めて下さいと訴えています
それに対して一言コメントを頂きたいと思います

枝野:
ハンガーストライキをしていらっしゃる方がおられると言う事でございますが
原子力発電所を一刻も早く辞めるべきであるという心情は非常に強く分かります
しかしながらそれについては、国民的な合意のもとに、
あるいは議論のもとで結論を出していかなければいけないことだと思っておりますので
是非、ハンガーストライキというですね、ご自身の健康にも影響を与えるような手段ではなくてですね、
まさに国民的な議論をこれから進めていく中で、
そういったご意見についてもしっかりと述べていただきたいと思っております


僕たちがハンストをする理由
~コブシを使わず、拡声器を使わず、ただ食べずに想いを発信する~
http://hungerstrike.jimdo.com/%E5%83%95%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%8C%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B%E7%90%86%E7%94%B1/

「将来を想うハンガーストライキ」始まり 2011.9.11
http://www.youtube.com/embed/3pTkk_56qs8

こんにちは
岡本直也です。
金ちゃんと呼ばれているんで金ちゃんと会ったら呼んで下さい
僕は今日の5時から
僕と他の3人20代の若者で、経済産業省の正門で、ハンガーストライキをすることにしました

10日間塩と水で過ごします

僕たちが経産省前でハンストして何を訴えたいかというと
福島原発の事故を受けて、
これから長い間放射能が、僕たちの世代に残されるようになってしまいました
今まで普通に暮らしてきて、空気を吸ったり、食べ物をたべたり
当たり前だったことが、もう、脅かされるようになりました

若い世代にとっては、原発というのは
本当に「負の遺産」にしかならないと言う事を、世間に大きく訴えていきたいと思っています

経済産業省には、上関原発、新規立地計画の原発なんですけれども
この白紙撤回を求めてハンガーストライキ、

そして、再稼働。
住民、国民に対して何の説明も無いままに営業運転を
再稼働を始めようとしていることに対して

あと、
福島の人達や原発被災者に対しての補償というものが何もされていないまま
今まで進んできている
で、こういう事を原発を進めてきた国としてちゃんとやって欲しいということ

そういう国であって欲しいという、若い世代の思いを
広く、大きく世間に訴えていきたいと思っています

このハンガーストライキはみなさんの賛同と共感があって初めて意味を持つものだと思っているので
今日から10日間やりますので、みなさんの応援よろしくお願いいたします

詳細はホームページ
「将来を思うハンガーストライキ」で検索すると
僕たちの情報、ハンストをしている状況等をを伝えていますので
そちらの方もぜひ見て下さい

ありがとうございます
応援よろしくお願いしまーす


ハンガーストライキ4人の思い
http://www.youtube.com/embed/3pTkk_56qs8

岡本直也さん(20)
金ちゃん
1991年生まれ(平成3年)

原発事故があってから、内閣も新しい内閣になって、
原発の方針、これからどうしていくのかって、
原発これでも、事故が起きても稼働させていくのか、
それとも廃炉にむけて新しいエネルギー政策をやっていくのか
色々決まってくると思うんですけど、
その、いま
今、どっちに転ぶか分からない段階で
その中で僕たち、若い世代の想いっていうものを発信したいなっていうのがあって
で・・そうですね
今回は若い僕らの立場から「原発はいらない」という事を伝えたいと思って、
この若い、19,20,21,22の4人で訴えたいと思っています

きっかけは、僕は上関に普段いるんですけど
原発建設予定地で調査工事も原発の事故後もふつうの・・原発の事故前と同じようにやってて
町議員さんも多分、8対3で推進派の議員さんの方が多かったんですけれども
構図も変わっていなくて
しがらみとかそういうのがあると思うんですけど
周りから声を上げて変えていかなければいけないというのもあると思うし
そうですね・・今が声を上げる大切な時期なんだと思って
一番人の心にストレートに伝わってくるのがハンガーストライキかなと思って
ハンガーストライキというやり方で訴えたいと思いました

--暑いけど大丈夫そう?

暑いけど、さっき、冷えぴたシート貼ってくれた人とか、傘持って来てくれた人とか

関口さん:そう、この傘も贈り物でーす

贈り物です。
みんなのおかげで、いろんな支援、応援メッセージとか
本当にいろんな人が見てくれて、支えてくれてやっていけているので
頑張って行きたいと思います



関口詩織さん(19)
しおり
1992年生まれ(平成4年)

わたしは、原発が無くなって、
これ以上放射能のゴミとかがない世の中になったらいいなって思うんですけど
そのためにどうしたらいいかなって思った時に
もちろん自分の地元とか、大学とかのエネルギー問題を実際に
原発からシフトしていくという活動もしていこうと思っているし
そういうなんか、長期的な路線でちゃんとした活動もしようと思っているんですけれど
やっぱり、今だから発信しなければいけない、っていうか
若者がそう思っていると言う事を伝えたいなと思って
ま、それがハンストじゃなきゃいけないのかって言ったらわからないんですけど
「原発やめたい」って言うのは
誰も傷つけたくないし、人の命を大切にしたいって言う気持ちから、無くしたいと思ってるんで
自分が頂いた命を、犠牲って言うのか、まぁちょっとね、
粗末にする形で訴えるっていうのはどうかな?っとも思ったんですけど、
「それ以上のことが起きているんだなって思う」。という事も伝えたいです



山本雅昭さん(22)
どっきょ
1989年生まれ(平成元年)

ぼくは、311以降に初めてこういう問題を知って、
で、金ちゃんとか幹太とかは前からやっていて
僕は始めたばっかなんですけど、
なにより、今いろんな問題が世の中はびこっているけど
その、自分たちの命の問題だし、
将来の子どもたちの命の問題で
それは、その、みんなが阻止しなければいけないもんじゃないかなって思っていて
みんな、自分の正義って違うけど、
それは、みんなで守んなきゃいけないと思っていて
だから、この原発の問題について、
最悪、賛成でも反対でもみんなどう思ってもいいんだけども
めちゃくちゃ、とことん考えて欲しくて
身内の友達の間では
多分原発の話とかはしないと思うんですけど
そういうのが、こういうのがきっかけで
少しずつおきてったらいいなっていう
その思いのみでやってます

さっき、金ちゃんが言ってた通り
いろんな人から温かい支援をうけて、
僕は今ちょっと、満たされている気分になって、
すごくやって良かったなって・・まだ途中だけど、
やっぱ、頑張っていこうと思いました



米原幹太さん(21)
幹太
1990年生まれ(平成2年)

やっぱ、若い人たちっていうか
次の、今二十歳だとして60年位?を担う人たちが
やっぱり、結局、作っていくし、
この先もそうだし、今までの過ちって言うか、原子力に関しては
負の遺産として残るものも引き継いでいく、というのもやっぱり、
あのー、自覚しないとまずいかなっていう
それはどんな形でもいいんですけど
自分のこととして考えて、具体的に動き出さないと
もう、実際にもう、
今もイギリスから輸送されていますけれど
放射性廃棄物というものが・・それの処分とかも本当に実際に考えなければいけない訳ですよ
原子力がもし全廃になろうが。

そういうところも具体的に
なんか僕としては話していきたいなって
やっぱり、きっかけというか、まずは知ってもらって
僕らのアクションとか、いろんなアクションを通して知ってもらって
で、自分なりにまずは何か意見が言えるような
そういう世界になって欲しいなというので
僕はそういう感覚で活動というか行動してきたんですけど
それをさらに、311が起きたからこそ
広く。特にまァ、同世代の友達とかに伝えて
そこから繋がっていかたら良いなって思っています


そして、14日のインタビューです。やせちゃった・・
http://www.ustream.tv/recorded/17261548
(IWJ_TOKYO1 将来を想うハンガーストライキ)

9月14日

--:Ust繋がったんで、
(00:39)
どういう経緯でこれをやるようになったのかと、
いつまで続けるのかとか
あと、これまで何日かやってきて、感想とか、どうだったとか
ちょっと話していただいてもよろしいですか?


山本雅昭さん(22)どっきょ

はい。
とりあえず、何時までやるかっていうのは
21日の5時まで
11日の5時から始めたので、計10日間やります。

ハンガーストライキをやろうとした契機というのは
僕の話しになっちゃうと長くなるんですけど
僕はもともと社会問題には全く興味がなかったんです
震災が起きてからいろんな事初めて知って
「これはまずいな」と思って動き始めて、出会った仲間がこの、幹太と金ちゃん、しおり
で、この金ちゃんっていう子がハンガーストライキをやるっていうふうに言っていて
みんながそれに対して、「僕もやりたい」って集まったのがこの4人

で、何でこんな、ハンガーストライキをやるかって言うと
いろんなメッセージがあるんですけれど、
経産省の前に座っているという事もあって
政府に対して、経産省に対して、
上関原発のこととか、新しいエネルギー政策をして欲しいし
被災者の方の対策をどうにかして欲しい。
いろんなメッセージがあるんですけど、
声明内容に書いてありますけど

ただ、それとプラスもう一つあるのが
この問題についてとことんみんなに考えて欲しいし、知って欲しい。
で、そのきっかけになったらいいなと
「若者が水と塩だけで10日間過ごす」という、自分を追い込んでまで大事なメッセージがある

そういう形で、いろんなメディアにもしも取り上げてもらえて
それがいろんな民衆に
あんな若者がなんか、水と塩だけで10日間、経産省の前に座っているけど何のためにやってるんだろうね
バカじゃないのとか・・、
それをすごいっと思ってくれる人もいてくれたりとか、いろんな思いがあっていいんですけど
それで、原発のことを少しでも話してくれたらなっていう思いでやっています。

ここから僕個人の意見としては、
原発が賛成反対、ぼくはどっちでもいいと思っていて
それが二分化されてる
賛成と反対がいる。
でも、今そういう話しじゃなくて、
原発の反対運動を正しくしていくじゃなくて、
賛成も反対もお互い意見をぶつけ合って考えていかなければいけない

それは、政府の人も、もちろん役人行政だとか、東電、電力会社だとか、
いろんな人がいるけど、そういった立場を超えて話がしたい
で、こういうことがやりたいんですけど、

それはやっぱり、
僕たちが政府に声を上げるって言っても
届かない現状
だから、国民一人ひとりが、みんなが原発のことをとことん考えたら
良いんじゃないかなって僕は思っていて

--:そうですね。
何かこの前枝野さんが計算大臣になった時の会見で
私も見ていたんですけど、「ハンガーストライキをしている若者がいる」というのを
教えてくれた記者さんがいて、
それに対しての枝野さんの回答っていうのが
「命の危険があるから、そんなの辞めてもらいたい」ということと
「国民的議論が必要だから」という事を言ってたんですけど
国民的議論をする場が今は全然ないじゃないですか
なんか、こう・・
枝野さんの発言に対してはどういうふうに思いますか?

どっきょ:
ま、本当に国民的議論は必要だし
彼の立場上そういうのは仕方がない
特別彼に対して何かあるかって言ったら・・
ただ、国民的議論をする場って言うのを僕たちが作って行きたいし、そういうきっかけを
したいなっていうのが一番の思い
もしかしたら、政府の人もこの問題について無関心な国民
無関心な国民の意見を、ある考えからしたら聞きたくない
もともと一人で国を引っ張ってって
引っ張っていく、引っ張ろうとしているみんなが全く国に対して関心がなかったら
多分、引っ張ろうとする人が自分たちで独自のルールを作ってやっていくしかない

--:そうですね。
なんか、こう・・
今おいくつですか?

どっきょ:いま22です。大学4年です

--:大学4年生ですか。
なんか、私、個人的に見ていて、大学生というのが本当に無関心だなというのを
すごく感じるんですけど、
たとえば同年代の人とかと話していて
そういう、皮膚感覚でって言うか、そういうので感性というのを感じるか
ハンガーストライキじゃなく、日常の場でどういうふうに対応していますか?

どっきょ:どういう・・

--:無関心な人とかいるじゃないですか。日常的に会う人とかで
そういう人に対して、どうしてますか・っていうか・・
積極的に話をするようにしているとか・・

どっきょ:
やっぱり、いきなり原発の話っていっても
聞きたくないし、面倒くさいし、辛いですよね。命の問題だから、重い話だから
まず、地震の時どこにいたか、そんなフランクな所から
「どこにいたの?ああそうなんだ・・誰にメールしたの?」
そんな小さい所から
そうしていく中で原発の話しになったらいいなって
今一番大事なのは自分の考えたことをお互い言いあうって事がない
それが一番問題
話しあえれば解決はなくても考えられる
今、お互い議論する場が来たのかなって
原発の問題だけじゃなくていろんな問題に対して議論する時が来たのかなと
フランスとかアメリカだと酒飲みながら「今のアメリカどう思う?」とか自分の国のことを話す。
日本では酒飲みながら「今の日本どう思う?」そういう話をしない
そういうのが出来たらなって思う

--:
本当に政治のことを話すことが私達にはない
作られちゃってるのかなって思う


だから、僕たちが見えるものはすごく限られている
アメリカにはいろんなテレビがあっていろんな情報があってそこから選べる
あまり極端なことは言いたくないけど
すごく視点が

--:
ものすごくコントロールされてる気がしますね
若者がこんな考え方持っていて感動していますので
また来ます

******

19歳、20歳、21歳、22歳の想い
http://hungerstrike.jimdo.com/%E5%83%95%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%8C%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E3%81%99%E3%82%8B%E7%90%86%E7%94%B1/

金ちゃん
1991年生まれ(平成3年)
twitter: @HungryKinchan

岡本直也です。小学校の頃に金髪だったから、通称・金ちゃんで呼ばれてます。


中国電力が2009年9月に上関原発の埋め立て工事を始め、僕は10月から、30年間反対運動をしてきた、祝島(原発建設予定地の対岸4kmに浮かぶ島)の人たちと一緒に、カヤックに乗って抗議行動をしていたカヤック隊として活動していました。

抗議行動は毎日続いて、誰かがいないと工事が始まってしまう状況が福島原発の事故前までずーっと続いていました。

それまでは、カヤック隊と祝島の人たちが協力しあいながら毎日座り込みや、カヤック、漁船などで中国電力の工事を止めていました。

祝島は漁や農業で生活し、暮らしています。

冬には海でひじき、もずく、わかめ、を採り、夏には岩ガキやサザエ、あわびを採る。農業も季節によって色んな農作物を作っています。

僕たちの命もこの自然の恵みを糧にして生きています。

10億円以上の漁業補償金の受け取りを拒否している祝島の漁師さんたちは、いつものように海の埋め立て工事に来る中国電力に「私たちは海を売っていません。」と自分の船より何十倍も大きな作業船に抗議しに行ってました。

故郷を守り、命を守り、命の糧となる自然を守り、これからの世代に受け渡していくためでした。

原発事故は、その代々受け継がれていた土地や文化、海を一瞬にして放射能で汚染してしまいます。原発が残す放射能という目に見えない有害な物質。

事故が起きなくても、海は埋め立てられ、毎秒190トンの放射能が混じった温度が7度も高い温廃水が海に垂れ流され続け、放射能のゴミが残されます。

僕は祝島の人たちが守り続けてくれていた自然を、受け継いで守っていきたいと思う。

原発の電気を使うために失うもの、犠牲になるもの、残されるものは、とてつもなく大きい。

「こんなにも命、暮らしを脅かす発電所は、もう止めて欲しい。」

今、新しい内閣になって、原発の方針が決められていく中で、若い世代が原発に対して声を上げることがすごい大切なことなんだと思います。

僕たちは今と未来への真剣な想いをハンストを通して示していきます。



幹太
1990年生まれ(平成2年)
twitter: @nandakandakanta

2009年に、上関原発の問題を通じて、原発問題に興味を持ちました。

電気を使う者として、他人事ではないことに気づかされました。

当初、なかなか報道されなかった問題の現地を、自分で見に行き、住民、作業員の話を聞き、自分なりに理解し勉強してきました。

そして、一人でも多くの人に、タブーとされている問題に触れ、考えてほしくて発信をしてきました。

3.11から半年、走り続けてきた自分の意思を、示しときます。



しおり
1992年生まれ(平成4年)
twitter: @stophamaokaYN

こんにちは、今都内で大学生をやってます、しおりです。

わたしは、いままで頼ってきた原子力というエネルギーから卒業したいと思っています。

3.11のあと、原子力発電によって、原発の近くに住む人・事故でヒバクした人・未来の命・被ばく労働者…、自分も含めて、たくさんの命がおびやかされていることを改めて感じて、一人ひとりのいのちを尊重する社会にしたいと思うからです。

ハンガーストライキについて、いのちを大切にしたいなと思っているのに、ある意味、自分の頂いた命を粗末にするような方法で発信するのはどうかと思われる方もいるかもしれない。他の方法があるんじゃないかと思うかもしれない。

もちろん私は、未来のエネルギー政策について現実的に、これからどうしていくべきかを、電力会社の方、役所の方、一般市民が話合って国の方針に関わらず決めて行くための場を地元で作ったり、大学で仲間と勉強会を実施したり、ハンガーストライキ以外の方法で原発のない社会を目指す活動もしています。

でも、日本のエネルギー政策を決める局面にある今、若者の想いを発信するアクションも必要だと思うんです。

もちろん、他にもっといい方法があれば私はそれをしたいし、むしろ教えて欲しい、一緒にどうしていくべきかみんなで考えたいです。

この10日間のハンガーストライキを成功させることが目的なのではなく、「原発によって脅かされる命」「未来の社会」について、私たち若者が真剣に考え、原発のない社会を作りたいと思っていることを、多くの人たちに知ってほしいです。

原発について、そして未来の社会についてそれだけ真剣に考えていることを、多くの人たちに知ってもらうことかが目的です。

私たち若い世代は、原発の負の遺産をこれ以上背負いたくない、そして最も放射能の影響を受ける子どもたち、その子たちに繋がっていく命に、これ以上の負の遺産を残したくありません。

今、既にある放射性廃棄物や漏れてしまった放射物質をどうするかを話し合える、次のステップに行きたい。

最後に、
たくさんの方の協力に感謝しつつ。

関口詩織

*********

一言

たくさんの方の想いでお腹いっぱいです。

ありがとう。



どっきょ
1989年生まれ(平成元年)
twitter: @masssssann

本名は山本雅昭
今、埼玉の獨協大学に通っている学生です。

3.11の地震があってから初めて原発の危険性を知りました。
猛毒をエネルギーにして電気を発電して、この猛毒をどうにも捨てることができない。
どんどん溜まっていく。僕は原発をこのように認識してます。
放射性廃棄物をガラス固化体にいれて地下300メートルに処分すると言われているけど、この放射線が消えるまでに10万年かかります。
こういう未来が確定されました。

でも、こうなってしまったのは政府や電力会社だけの責任ではなく、僕たち国民にも責任があると思います。
だからこそ、自分の為に、自分のまわりの人のために、自分の将来の子供たちのために、この原発の問題について、未来について、もっとみんなと一緒に考えたい。

政治家や原子力安全委員、行政の方々、電力会社に勤める方々、国民一人ひとりがこの状況を変えられる力を持っていると信じてます。

現在、この原発問題を巡って、様々な立場の中で対立関係が生まれてしまっている。でも、僕たち一人ひとりは同じ日本に住む人間です。対立の中で解決の糸口を探すのではなく、立場を超えてみんなが目指せる未来を探していきたい。今、それが必要とされているのだと思います。

僕はこのハンストを通して、この日本に住む人間として、自分の思いや考えを発信していきます。

そして、希望を見つけたいです。

******

『今回のハンスト概要』

人数:4人
年齢:19歳~22歳
期間:10日間(240時間)
日時:9月11日17時~9月21日17時
飲食:水と塩のみを摂取

<座り込み>
場所:経済産業省 正門周辺(霞ヶ関駅A12出口付近)
日時:9月11日は17時頃~20時頃
   9月12日~21日は8時~17時半

******

『声明文』

声明文は請願書として9月11日提出予定でしたが、手違いで提出できないことになりました。
12日以降に申し入れ書と共に経済産業省に提出できるよう調整中です。


声明文

福島第一原子力発電所の事故で多くの方が故郷を追われ、また、暮らしそのものを奪われました。この原発事故が収束するまで、放射能が大気中と大地と海に垂れ流しにされます。

一度事故が起きてしまったら取り返しがつかなく、誰も責任が取れないことが明確になりました。

それだけではなく、原発は事故が起きなくても大量の温廃水などで自然環境を破壊し、何万年も管理しなくてはいけない大量の核のゴミを生みだします。

私たち若い世代には、すでに日本の54基の原発が生んでしまった、半永久に消えることない核のゴミと福島原発から漏れ続けている放射能を残されてしまいました。

しかし震災後も、新規立地計画されている上関原発建設予定地では、休みなく原発建設のための環境調査工事を進めています。
泊原発も国民になんの説明もなく営業運転を始めてしまいました。

私たち若い世代は、原発の負の遺産をこれ以上背負いたくありません。
そして最も放射能の影響を受ける子どもたち、その子たちに繋がっていく命に、これ以上の負の遺産を残したくありません。

私たちは命の糧となる自然や、命そのものを大切にすることを政策に反映してもらうように請願し、ハンガーストライキを10日間行います。

これは、これからこの地球で生きていく私たちの願いです。



請願内容

内閣総理大臣 野田佳彦 様
経済産業大臣・原子力経済被害担当大臣 枝野幸男 様
文部科学大臣 中川正春 様
外務大臣 玄葉光一郎 様
環境大臣・原子力発電所事故収束及び再発防止担当大臣  
・内閣府特別担当大臣(原子力損害賠償支援機構) 細野豪志 様

上関原発をはじめとする新規建設計画を白紙撤回してください。

放射線量が高い、福島県内や周辺の県に住む方々の健康管理や避難後の生活面での保障、また事故による損害の補償を行なってください。

各原発の再稼働を検討する前に、原発事故の危険性と事故の責任の取り方を全国民に説明してください。

福島第一原発のような悲劇を、他国で繰り返さないため、原発輸出はやめてください。

原発、もんじゅ、再処理工場など全ての原子力施設の廃炉と省エネ・自然エネルギーの社会に向けた方針へ転換してください。

以上

【請願者】             
山口県上関町民  岡本直也(20)
千葉県民     米原幹太(21)
愛知県民     関口詩織(19)
大阪府民    竹之下惟基(22)
大阪府民      松村元(20)
兵庫県民      釣琴美(27)
和歌山県民     田中希(17)
大阪府民     岡野朱里(19)
兵庫県民    児島げんき(18)
和歌山県民    深尾明加(18)
東京都民     高橋雄也(20)
東京都民     佐倉直人(20)
兵庫県民     後藤樹声(16)
兵庫県民    児島いのり(20)
兵庫県民      谷幸穂(18)
山口県民     東条雅之(27)
埼玉県民     須賀紗彩(20)
東京都民     河野夢以(18)
東京都民     藤原皓平(28)
埼玉県民     内田麻美(27)
大阪府民     久保陽平(18)
兵庫県民    児島こころ(22)
東京都民     山本雅昭(22)
宮城県民     清水るか(17)

以上、24名

******

土曜日, 9月 10, 2011

命懸けて。逃げても逃げ切れぬ


夜も明けてまいりましたが。。

mixiチェックをつけた東京新聞のニュースですが、新聞には訓示の全文が載ってたんすね。新聞を写真に撮って、ツイッターにアップしてる方がいました(@kaioftoday)。無断ですが拡散させていただきますm(_)m http://twitpic.com/6i49re

&下記にテキストを載せておきます。

中日新聞にも載ったようで、ブログに載せてる方がいました。
http://blogs.yahoo.co.jp/tubaki6587/13829746.html

このソースがどう記録(?)され、どう入手したものか明らかにされていませんが、これまで表立っては、一部のみを抜粋して(一部を隠されて)公表されてきましたね。菅さんがいなくなって不安が取り除かれ、やっと公表されたということでしょうか。そこに何が渦巻いているのかは分かりません。(ちなみに、この訓示の時点ではすでに清水社長(元)が対策副本部長とされています。)

こうした内容がもっと早く、広く知らされていたら、国民を巻き込んだ「菅おろし」ブームを大きく左右していたでしょうし、世の中は大きく、脱原発の方向にシフトしていた気がします。

6日の時点で松本本部長が撤退を言った事実は無い、と言っています。そうした自身の発言に対して、どう釈明するのでしょうか。強弁して記事を揉み消すのでしょうか。そもそも、釈明なんて発想、いや思想は無いのでしょうか。

私らはいつまで、ノンビリとしているのでしょうか。

朝になってまいりました。チュンチュン。チュンチュンチュン!!

******

「命懸けて。逃げても逃げ切れぬ」 前首相の東電訓示(東京新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2011090902000035.html

2011年9月9日 朝刊

東京電力福島第一原発事故で、本紙は、菅直人前首相が三月十五日未明に東電本店に乗り込んだ際の訓示の記録全文を入手した。現場からの撤退を打診した東電側に「放棄したら、すべての原発、核廃棄物が崩壊する」と警告し、「命を懸けてください」と迫っていた。菅氏は本紙のインタビューで「東京に人がいなくなる」ほどの強い危機感があったと明かしていたが、訓示の内容からもあらためて裏付けられた。(宮尾幹成)

第一原発では当時、1、3号機が水素爆発を起こし、2号機も空だき状態の危機が続いていた。政府関係者の記録によると、菅氏は「(撤退すれば)チェルノブイリ(原発の事故)の二~三倍のもの(放射性物質の放出)が十基、二十基と合わさる。日本の国が成立しなくなる」と危機感をあらわにした。

その上で、「命を懸けてください。逃げても逃げ切れない」と、勝俣恒久会長や清水正孝社長(当時)ら東電側に覚悟を要求。「六十歳以上が現地に行けばいい。自分はその覚悟でやる。撤退はあり得ない」と訴えた。

菅氏は海江田万里経済産業相(当時)から「東電が撤退意向を示している」と報告を受け激怒。清水社長を官邸に呼び政府と東電の統合本部設置を通告し直後に東電を訪れた。

東電の松本純一原子力・立地本部長代理は今月六日の記者会見では「撤退を申し上げた事実はない。七十人程度が事故対応のために残り、それ以外は(対応拠点の)『Jヴィレッジ』や福島第二原発に退避することを考えていた」と説明した。

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今回のことの重大性は皆さんが一番分かっていると思う。政府と東電がリアルタイムで対策を打つ必要がある。私が本部長、海江田大臣と清水社長が副本部長ということになった。

これは2号機だけの話ではない。2号機を放棄すれば、1号機、3号機、4号機から6号機。さらに福島第二のサイト、これらはどうなってしまうのか。これらを放棄した場合、何カ月後かにはすべての原発、核廃棄物が崩壊して、放射能を発することになる。チェルノブイリの2~3倍のものが十基、二十基と合わさる。日本の国が成立しなくなる。

何としても、命懸けでこの状況を抑え込まない限りは、撤退して黙って見過ごすことはできない。そんなことをすれば、外国が「自分たちがやる」と言い出しかねない。皆さんが当事者です。命を懸けてください。逃げても逃げ切れない。情報伝達が遅いし、不正確だ。しかも間違っている。皆さん、委縮しないでくれ。必要な情報は上げてくれ。

目の前のこととともに、五時間先、十時間先、一日先、一週間先を読み、行動することが大事だ。金がいくらかかっても構わない。東電がやるしかない。日本がつぶれるかもしれない時に、撤退はあり得ない。会長、社長も覚悟を決めてくれ。六十歳以上が現地に行けばよい。自分はその覚悟でやる。撤退はあり得ない。撤退したら必ず東電はつぶれる

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金曜日, 9月 09, 2011

えらすぎコレ。

東京新聞、えらすぎるなー。
ということで、きのうの社説を2点。

まぁ、他の大手マスコミがダメすぎなのですが(一部の地方紙は除く)。まっとうな「ジャーナリズム」であれば、いま書くべきことって、こういうことだよね?フツー。

しかしこんな風に、東京新聞にしろ地方紙にしろ、メジャーからの距離に比例して、報道規制が弱まっていく、というのは、何に電力会社がカネをかけてきたか、というのが、あまりにも明白っすよね?
(もちろん読売は、日本に原発を導入した主役なので、懐柔される側では無い。)

新聞だけじゃなくて。たとえばテレビよりラジオが。
テレビでも、地上波よりBSやCSが。
(朝日ニュースターなんかは「愛川欽也のパックインジャーナル」とか直球な物言い。「ニュースの深層」には上杉隆さんも出てるし。)

東電が「ま大丈夫だろ、こっちは別に」とカネをかけて来なかったであろうメディアだけが声を上げる。書籍もそうですよね。幸いに、いい本が多数出ている。


ちなみに、、、もっともカネをかけて来なかったメディアは、演劇であると思いたい。演劇が口を封じられたら、僕にとっては、世の終わりであるような気持ちがします。

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【社説】電力制限解除 脱原発で省エネ強化を

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011090802000054.html

2011年9月8日

東京電力と東北電力管内の電力使用制限令が九日解除される。原発事故で失った電力を節電が補い、停電回避にめどがついたためだ。この流れを省エネの技術革新につなげ、脱原発を果たしたい。

驚異とさえ表現できる節電といえるだろう。この夏、東電管内の電力消費は前年に比べ連日九百万~一千万キロワット下回った。実に中型の原発十基分にも相当する。

浜岡原発を停止した中部電力管内では原発一基分、百万キロワットを節約した。家庭の節電に加え、消費電力がピークを越えて停電を招かぬよう、自動車業界が電力消費の少ない土、日曜操業に振り替えたことが主因だ。

東電福島第一原発の事故を境に定期点検で停止した原発は再開のめどが立っていない。経済界から「停止が長引けば工場を海外に移さざるを得なくなる」と脅しともとれる不満が聞こえてくるが、経団連や日本商工会議所に深刻な事態が報告された形跡はない。なぜ、放射性物質をまき散らす危険性が潜む原発にこだわるのか。

東電、東北電管内の大口需要者に前年比15%の削減を義務づけた政府の制限令発動を機に、電力不足の不安を抱える企業は節電に突っ走った。30%を超える企業も続出し、乾いたぞうきんを絞るどころか、大量の水があふれ出た。

無駄な電力を減らせばコスト削減で利益が膨らむ。省電力の余地があることに気づいた企業は空調の自動制御機器などを導入し業績改善につなげた。そこに日本が目指す方向の手掛かりがある。

国内の照明すべてを発光ダイオード(LED)に置き換えると、原発十三基分の電力が節約できるという。電力不足を和らげるハイテク製品であり、国境を越えたビジネス拡大の潜在力を秘める。

野田佳彦首相は原発の新増設を「現実的に困難」と段階的に減らす考えを明らかにした。ならば電力の三割近くを頼ってきた原発を何に置き換えるのか。脱原発に向けたエネルギー政策の転換は日本の省エネ産業育成にも直結する。

太陽光や風力など、再生可能エネルギーの技術力を高め、不安定な再生エネの需給を自動調整する送電網、スマートグリッドの開発も急がねばならない。電力供給の技術革新は欧米や韓国などがしのぎを削っており、悠長に構えていては出遅れる。

首相は一刻も早く脱原発を決断し、それをバネに日本の省エネ技術の競争力向上を促して世界をリードする気概を示すときだ。

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【社説】原発災害の賠償 誠心誠意を心掛けよ

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011090802000053.html

2011年9月8日

福島原発事故が起きて半年がたち、東京電力がようやく損害賠償に本腰を入れる。大勢の被災者が人生を台無しにされ、不安のどん底にいる。全面救済を目指して誠心誠意の対応を心掛けてほしい。

「朝起きて、家族そろって朝食を取り、子どもたちが元気に学校に行き、大人は仕事へ。ごく普通の生活を返してもらいたい」

先週、福島県の被災者らが塗炭の苦しみを東電にぶつけた。その切実な思いに、東電は真摯(しんし)に応えなくてはならない。

東電は週明けから賠償金の支払い手続きを受け付ける。全体で四十万~五十万件を見込み、六千五百人体制で応じる。事務的な金勘定に終始するのではなく、被災者としっかり向き合ってほしい。

被災者が損害額を請求し、東電が査定して賠償額を示す。被災者が納得すれば支払う段取りだ。まず八月末までの損害を一括処理する。九月以降に生じた損害は三カ月ごとにまとめて穴埋めする。迅速かつ十分な救済を望みたい。

仕事を失い、やりくりが厳しい人も多い。育児や介護、病気などで不意の出費を迫られる不安も消えない。支払い手続きの区切りを一カ月程度に短くできないか。

異常事態のただ中で損害の証明書類を確保できていない人もいる。避難費用の領収書、過去の給与明細や確定申告書などだ。被災者が立証するには負担が大きい。東電が丁寧に事情を聴き、事実確認に動くべきだ。

農林漁業や観光業などの風評被害も賠償の対象だが、損害額の算定方法は検討中という。原発事故の影響と地震や津波の影響を仕分けるためだ。被災者の得心がいく線引きができるのか気掛かりだ。

東電の賠償の仕組みは、国の原子力損害賠償紛争審査会が八月に損害の目安としてまとめた中間指針に忠実につくられている。

自主的な避難や放射能の除染の費用などは賠償の対象外だ。慰謝料の支払いも避難区域や屋内退避区域の人に限られる。国も東電も被害の実態に目を凝らし、賠償の在り方を不断に見直すべきだ。

被災者と東電は折り合えなくても、法律家らでつくる国の原子力損害賠償紛争解決センターの仲介を仰いで決着させたい。裁判では救済が遅れる。

東電は膨大な賠償資金を捻出せねばならないが、電気料金への安易な転嫁は許されない。資産売却や人件費圧縮など自らの身を切る努力が先決だ。それが多くの幸せを踏みにじった責任の取り方だ。

木曜日, 9月 08, 2011

ダッ!ダッ!ダッ!脱衣場の歌

「ダッ!ダッ!」とか言われると、とりあえず、水玉消防団の「乙女の祈りはダッ!ダッ!ダッ!」を思い出しますが。それはさておき。

先日、サマソニ(だっけ?)に出演拒否されて話題になってた制服向上委員会の「脱原発の歌」。自分的には「制向委(って略されてましたよね)ってまだあったんか!」と驚きだったのですが、こんな歌詞だったのね。ちょwww 泣けてくるゎ(T-T)(「ちょwww」って言ってみたかっただけ)
曲もモータウンビートに、なつかしきおニャン子を思わせるもので。世代としてはwww

しかし話題を集めた割に、耳にしたことねーな、と思っていたら。
ラジオのオンエアが2回だけ。テレビはゼロ(!)だそうだ。

またも「みんな楽しくHappyがいい」さんで、歌詞や動画リンクとともに、東京新聞の記事を転載されてますので、ぜひお読みください。山本太郎の話もあります(最下にコピペしておきます)。

「こちら特報部「脱原発の歌 TV流れず」ダッ!ダッ!脱・原発の歌」
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-779.html

山本太郎については、<「反原発」を表明した瞬間、涙があふれたと言う。「ずっと押さえていたものが噴き出した感じ。やっと人間に戻れたと思った」>だそうだ。

タレントにとって、そんなにまでも重たいことなのかと、かえすがえす電力の圧力はスゲーワと思うけど、世の中で、これほど大っぴらに圧力がかかっている状況がくっきり見えているのに、はっきりと見過ごされている、というのも、、スゲーワ。

どう思われますか??こんな状況。
異常じゃないですか? 異常とか思ってもムダなんでしょうか。そっちのほうは見ないで、砂遊びとかしてるほうがいいのでしょうか。

今、こんなにも被害が拡大しちゃって、原発対応も、被害者救済も、放射能・汚染対策も、ことがデカすぎて、どうしていいか分からん状況になってるにもかかわらず、キヨシローが「サマータイムブルーズ」歌って放送禁止になっていた、あの「安全」神話がまかり通って、隠されていた昔の時代(僕らがウヤムヤのまんまにしていた時代)から、なーーんにも変ってないんですよ。異常じゃないですか?? 異常じゃなくなくなくなくないですか??

・・・そんなわけで。とりあえずにm(_)m

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こちら特報部「脱原発の歌TV流れず」ダッ!ダッ!脱・原発の歌(歌詞・新聞内容書き出し)
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-779.html

そうそう!
この歌を載せるのを忘れていました~♪

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9月1日付け東京新聞のこちら特報部
脱原発の歌TV流れず

今様のプロテストソングだ。
紙面では残念ながら聴いてもらえない。
ネットの動画を見ると、かわいい女の子たちがとびっきり明るく踊り
「ダッダッダッ~♪」。
だが、何度も聞くうちに悲しく、胸に迫ってきた。
多くの原発被災者に寄り添い、元気づける共感力がある。
目指せ!一年納めの紅白歌合戦。(呂)

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ダッ!ダッ!脱・原発の歌/制服向上委員会

ダッ!ダッ!脱・原発の歌
作詩・鈴之介  作曲・AKIRA SHON

ダッ!ダッ!脱原発!
ダッ!ダッ!脱原発!

それはそれは とても許せないお話し
たとえたとえ  国の政策だとしても
危ない事が起きてしまったのに嘘付いて
直ちに人体に影響はないなんてね

それがそれが 素晴らしい発明だったとしても
それはそれは 習わない言葉があふれ
ベクレル セシウム メルトダウンにタービン建屋
モニタリングに 高い マイクロシーベルト もう

忘れないから 原発推進派
安全だったら あなたが住めばいい
みんなに迷惑かけちゃって
未熟な大人で はずかしいよネ

ダッダッダッダッ脱! 原発を!
ダッダッダッダッダッ 大きな声で
世界へ向けて叫ぼう 危険な現実を

こんな時も 政治家さんはダメですネ
いつもいつも 富と名誉の事ばかり
自然を生きる 渡り鳥たちには想定外
避難地域が どこからどこかわからない

もう忘れないよ 原発事故のこと
覚えておこう 被害の大きさ
大地と海 2次災害 人の心にまで

ダッ!ダッ!脱原発!
ダッ!ダッ!脱原発!

私達は忘れない 原発事故の事

忘れないから 原発推進派
安全だったら あなたが住めばいい
みんなに迷惑かけちゃって
未熟な大人で はずかしいよネ

ダッダッダッダッ脱! 原発を!
ダッダッダッダッダッ 大きな声で
世界へ向けて叫ぼう 危険な現実を

ダッ!ダッ!脱原発!
ダッ!ダッ!脱原発!
ダッ!ダッ!脱原発!

脱原発!

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続きを読むに 東京新聞のこちら特報部を書きうつしました。

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脱原発の歌TV流れず


タブーに負けない芸能人

福島の原発事故を機に、「脱原発」に動き出す人が増えた。
ところが原発を批判する歌はなぜか放送されない。
変原発の姿勢を表明した俳優は、所属事務所を辞めなければならなくなった。
大惨事を経験してもなお、この国のメディアには“見えない壁”がある。
だが、負けずに「思ったことを言いたい」と発信する芸能人の思いとは・・

8月10日夜、東京の日比谷野外音楽堂。
ミニスカート姿の少女たちが跳びはねながら歌っていた
女子中高生アイドルグループ「制服向上委員会」のメンバーだ
かわいらしい振り付け、明るいメロディに乗って「セシウム」「メルトダウン」など、
一見似つかわしくない言葉があふれる

歌っていたのは「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」
「忘れないから原発推進派 安全だったらあなたが住めばいい」


社会的な歌詞やボランティアも

「制服向上委員会」は1992年に結成
メンバーが交代しながら続く。
反骨精神があるプロデューサーの高橋廣行さんの意向で、
アイドルでも社会的なメッセージも歌いボランティアにも取り組む。
6月、ネットの動画で「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」が流れると、瞬く間に再生回数が増えた
ところが、話題になった割にはメディアで歌が流れたのは、ラジオで2回だけ。
テレビは一切取り上げない。
「これまでの局は結構ラジオで流れたし、ディーゼル車の排ガスを批判する歌をトヨタの店頭で歌った事もある。
今回は、なんかかすごく大きい力が働いていると感じる」と、
「制服向上委員会」の元メンバーで、今は会長を務める歌手の橋本美香さん(31)は話す。


制服向上委員会 車内広告、イベント断られ

発売元のアイドル・ジャパン・レコードは8月15日の販売に向け
JRや私鉄、地下鉄に新曲発売の広告を出そうとしたが、
歌の題名が書かれたポスターを見て
「意見広告は掲示出来ない」と断られた。

CDショップからは、ポスターの店頭貼りを止められた。

新曲披露イベントでは、ファンとの握手会だけで「歌わない」条件がついた。

7月末の日本最大のロック音楽祭
「フジロック・フェスティバル」に、飛び入り参加の話が浮上したが
結局は「スポンサーの関係で」出られなくなった。

8月下旬に出演予定だった放送局のイベントも、担当者が
「申し訳ないが歌わないで欲しい」
と、菓子折を持ってきたという。

メンバーはどんな思いで歌っているのか。

リーダーの小川杏奈さん(17)は
「事故前は原発について何も知らなかったけれど、今は危険だなって思う。
事故後にすぐに元通りになると思っていたのに、まだ家に帰れない福島の人が大勢いて
牛や豚が殺されて・・・。おかしいと思い始めた。」

宮野愛沙さん(15)は
「大人からは『何も知らないくせに、なんで歌うの』ってよく聞かれる。
でも、自分で考えても原子力は怖いと思うから」と続ける。

「原発への賛否は分かれるので、アイドルのイベントで歌うのは難しいと思っていたけれど、
ファンの方々が『素直にメッセージが伝わる』『良い歌だ』と言って下さって意外でした」

CD1枚1,000円の売り上げから300円を福島の酪農家に支援金として届ける予定だ。


「背後に大きな力が・・・」

替え歌、CD 放送メディア以外で話題に

彼女たちの歌だけではない

歌手斉藤和義さんのヒット曲「ずっと好きだった」の替え歌も、ネットで話題になった。
動画では斉藤さんとおぼしき人物が、原子力が安全というのは「ウソだった」と歌う。

故・忌野清志郎さんが「原子力はいらねえ」と歌って発売中止になった
「サマー・タイム・ブルース」(1988)は原発事故以降、CDの売り上げが伸びた。
それでもやはり、テレビやラジオではほとんど流れない。


山本太郎さん 自分をごまかしたくない

そんな中、
反原発を明言したのが、俳優の山本太郎さん(36)だ。
テレビなどが原発批判を“自粛”する現象を
「電力会社がどれほど広告主としてメディアの収入源になっているか、CMを見れば分かる。
メディアや芸能人がスポンサーの悪口を言わないのは大人の常識」
と、淡々と語る。
「ほとぼりがさめれば電力会社が広告主として戻ってくる事を知っているから、今は大人しくしている。
東京電力をつぶして、元から断たないと、どんなに批判しても状況は変わらない」

真相を隠し、膨大な放射性物質を垂れ流す・・

原発事故後の政府や東電の発表を伝えてきた報道に
「本当の情報が流れない。とんでもない力が働いている」と感じた。

とはいえ反原発を訴えれば、仕事が減るのは目に見えていた。

悶々と悩む日が続いていたが、
子どもの年間被ばく許容量を年間20ミリシーベルトと高くしたニュースを聞いて、怒りに身体が震えた。

「国民を見殺しにして、目先のカネを追いかけるのか。」

ついに、4月9日のツイッターで
「黙ってテロ国家日本の片棒は担げぬ」と書きこんだ

「反原発」を表明した瞬間、涙があふれたと言う。
「ずっと押さえていたものが噴き出した感じ。やっと人間に戻れたと思った」

反原発発言を理由に、7月から出演予定だったドラマを降ろされた。
所属事務所に抗議電話が殺到し、迷惑がかからないよう辞めた。
仲の良いプロデューサーに「使いづらい」と漏らされた。

今は映画や舞台の仕事の他、ラジオ、テレビからも単発の出演依頼がある。
組織人として声高に反対と言えないが、共感してくれる関係者が自分を起用してくれていると感じている。


外遊びできない子どもたち心配

特に思いを寄せるのは、外遊びも出来ず、将来の健康におびえる子どもたちの事だ。
「自分の子ども時代はすごく幸せだった。雨が降れば水たまりに飛び込んだ。
あのキラキラした時間を経験できないなんて」

仕事の傍ら、福島の子どもを避難させるなど精力的に活動を続ける。
8月には海外ロケ直後に北海道に飛び、泊原発近くの町役場で町長らに脱原発を訴えた。
頼まれれば市民集会にも参加して発言する。

新首相に選ばれたのは、原発稼働を目指す野田佳彦氏。
山本さんは
「あれだけの大惨事引き起こし、収束のメドが立たない今も
多くの政治家は反省もなく原発を稼働させ、国民の命を担保に利権まみれの世界を生き続けるつもりらしい。
誰がトップになろうが、国民がこの国をコントロールしなければ、日本は終わってしまう。」

山本さんの言葉は強いが、気負いはない。

「震災以降、見える景色が変わり、『生きていたい』という強烈な気持ちが湧きあがった。
自分をごまかしては生きられない」

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東京新聞だってちゃんとした既存の大手メディア
なのに。。ありがとう。

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金曜日, 9月 02, 2011

re: 急性白血病

各紙で報じられた、福1作業員の方が急性白血病で亡くなられたニュース:

「福島第1原発作業員の白血病死、作業とは関係なし-東電」(ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版 2011/8/31)
http://jp.wsj.com/japanrealtime/2011/08/31/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%AC%AC1%E5%8E%9F%E7%99%BA%E4%BD%9C%E6%A5%AD%E5%93%A1%E3%81%AE%E7%99%BD%E8%A1%80%E7%97%85%E6%AD%BB%E3%80%81%E4%BD%9C%E6%A5%AD%E3%81%A8%E3%81%AF%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%AA%E3%81%97/

ぼくと同じくらいの年齢のかたのよう。大変に痛ましく、謹んでご冥福をお祈りします。
東海村のJCO臨界事故で亡くなられた、大内さんたちのことを思い出してしまう。


しかし、

・作業前の健康診断で問題が無く、
・作業をしていて急性白血病で亡くなられた。

こんなケースで、「原発作業との因果関係は無い」と即座に言い切れる道理が、常識では理解できんと思ってしまうのは、ぼくのアタマが足りないからでしょうか? 「因果関係については不明。詳細を調査します」がフツーではないのか?


下記は3/31のニュース:

「20キロ圏に数百~千の遺体か 「死亡後に被ばくの疑い」」(47ニュース 2011/03/31)
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011033101000278.html

今回の件(これは隠蔽と言う他ない気がしますが)をみてしまうと、この報道の件も、「死亡後の被曝」ではなくて、急性被曝死であった可能性は無いのだろうか?・・と、つい、かんぐってしまう。

その後、ご遺体は、どのように扱われたのだろうか?


以前もつぶやきましたけど、原発マネーは警察にも流れていて、署長クラスが、電力会社やすべての原発施設に天下っていて。

原発・電力会社と警察との関係については、正直、あまり知りたくない、信じたくない、考えたくないことも伝わってきますし。
産官学にマスコミも警察も含めた、日本をすっぽり覆うような組織ぐるみの隠蔽etc.なんて、おそろしすぎて、知らずに人生を送りたい気もします。しかし少なくとも、大きな被害をこうむった人たちのことを考えれば、知ろうともせずに済ますわけには、いかんだろうなと感じています。


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福島第1原発作業員の白血病死、作業とは関係なし-東電(ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版 2011/8/31)

東京電力は30日、同社の福島第1原子力発電所で短期間働いていた40歳台の作業員が急性白血病で亡くなったと発表した。痛ましいことである。だが、このことによって改めて原発作業員の安全への懸念が高まった。

しかし、問題山積の原発を運営する問題山積の東電は、原発での作業と作業員の死に因果関係はないとしている。

この作業員は元請け会社から8月初旬に約1週間、福島第1原発に派遣された。氏名は明らかにされていない。

東電広報部の川又浩生氏は、元請け会社から提出された医師の診断書からすると、作業員が2、3週間前の作業で受けた被ばくによって急性白血病を発症したとは医学的に考えられない、という。作業員の死因について、これ以上の詳細は聞くことができなかった。

作業員は、福島第1を離れた後で体調を崩し医師の診察を受けた。東電は8月16日に元請会社から死亡の報告を受けた。元請け会社が提出していた福島第1で働き始める以前に行われた健康診断では、健康の問題は全くなかった。

作業員は原発で0.5ミリシーベルトの放射線を外部被ばくしたが、内部被ばくは全くなかった。米原子力規制委員会によると旧ソ連のチェルノブイリ原発で被ばくし急性白血病を発症した134人の作業員は800~1万6000ミリシーベルトを浴びており、それに比べると、はるかに少ない。チェルノブイリでは28人の作業員が被ばくによって3カ月以内に死亡した。

福島第1で、この作業員が携わっていたのは、現場の作業員の休憩所のドアを開閉し休憩所内の放射線の侵入を増やさないようにするといった作業だった。作業員は規定通り防護服とマスクも付けていたという。ただ川又氏は、この作業員が建物の内側にいたのか外にいたのかは把握していないと答えた。

東電が集計した最も新しい5月のデータによると、2553人前後の作業員の被ばく量は内部被ばくも含めて10ミリシーベルト以下だった。平均は3.1ミリシーベルト。厚生労働省は3月、福島第1で働く作業員に限って被ばく限度量を年250ミリシーベルトに引き上げている。これまでに、少なくとも6人の作業員がこの上限を超えて被ばくしたことが明らかになっている。

記者:Yoree Koh

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20キロ圏に数百~千の遺体か 「死亡後に被ばくの疑い」(47ニュース 2011/03/31)

福島第1原発事故で、政府が避難指示を出している原発から約20キロの圏内に、東日本大震災で亡くなった人の遺体が数百~千体あると推定されることが31日、警察当局への取材で分かった。27日には、原発から約5キロの福島県大熊町で見つかった遺体から高い放射線量を測定しており、警察関係者は「死亡後に放射性物質を浴びて被ばくした遺体もある」と指摘。警察当局は警察官が二次被ばくせずに遺体を収容する方法などの検討を始めた。当初は20キロ圏外に遺体を移して検視することも念頭に置いていたが、見直しを迫られそうだ。

警察当局によると、高線量の放射線を浴びた遺体を収容する際、作業する部隊の隊員が二次被ばくする可能性がある。収容先となる遺体安置所などでも検視する警察官や医師、訪問する遺族らに被ばくの恐れが生じる。

遺体は最終的に遺族か各市町村に引き渡すことになるが、火葬すると放射性物質を含んだ煙が拡散する恐れがあり、土葬の場合も土中や周辺に広がる状況が懸念される。

警察当局は現場での除染や検視も検討しているが、関係者は「時間が経過して遺体が傷んでいるケースは、洗うことでさらに損傷が激しくなり問題だ」と指摘している。

身元確認のため、遺体から爪だけを採取してDNA鑑定する方法もあるが、爪も除染する必要があり、かなりの手間と時間がかかるという。

27日に、大熊町で見つかった遺体は、除染が必要な基準の一つである10万cpm(cpmは放射線量の単位)まで計ることができる測量計の針が、振り切れる状態だったという。このため福島県警の部隊は遺体の収容を断念している。

(2011/03/31 14:02 共同通信)

木曜日, 9月 01, 2011

一時帰宅と首長と。。。

原発3キロ圏内の一時帰宅:

「地元住民沈痛 首相 帰郷困難 発言で」(毎日8/28)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1722152&media_id=2
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110828ddm041040065000c.html

こちらは、先の3キロ圏外のニュース:

「福島第1原発事故 警戒区域、一時帰宅一巡 古里、我が家無残」(毎日 8/18)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110818ddm041040091000c.html

ご一読ください。(最後に転載しておきました。)


故郷を追われるという深刻な状況に対して、冷静に現状を把握して前を向こうとする住民の心持ちが伝わり痛ましい。悲痛とばかり言っていられない現実に立ち向かわんとする気概に、ふかく頭が下がる。

一方、各自治体長の反応はどうであろうか。住民の安全とは違うものを基準としているように思える。少なくとも首長として、事故から25年を経たチェルノブイリの現状や、放射能被害の実際について学習したのだろうか? 事故後に3/23まで、子どもの長袖・マスク着用、外出を控えるよう指示した多摩市長 阿部裕行氏のように。(阿部さんは当初、休校を考えたそうです。なぜ適切な処置ができたか問われ、「高木仁三郎さんの著作を読み込んでいたから」。)

優先されるべきは、住民の被曝を最小限に抑えることであって、根拠なく「安心」をうたうことではない。


ところで先日の朝日、「原発周辺住民は「ヨウ素剤飲むべきだった」識者が指摘」(8/27)
http://www.asahi.com/national/update/0827/TKY201108270350.html
(mixiニュースに見当たりません…。これも最後に転載。)

先ごろ、主張した許容線量をぬけぬけと10分の1に訂正していた、「ミスター100mSv」山下俊一氏の件と同様、「何を今さら」という住民の悔しさや憤りは、想像して余りある。


ヨウ素剤は、震災の翌3/12に、すでに25万人分が福島に出荷されていた。
「日医工 緊急にヨウ素製剤を福島県に約25万人分出荷(東海東京調査センター)」(NSJ日本証券新聞 3/17)
http://www.nsjournal.jp/news/news_detail.php?id=249942

実際にヨウ素剤が配られたのは、いわき市など一部自治体のみだったが、配布後に、国の指示が出ていないとして、県が回収を指示した。


福島県知事 佐藤雄平氏の所業は、他にも様々伝えられるところ(先日は赤十字に義捐金を返却。この道理が全く理解できません・・)。
もちろん、山下氏を放射線アドバイザーたるポストに据えたままでいるのも福島県である。

もひとつ毎日の記事(回しもんではありませんよーw):

「山下氏解任求め、署名を県に提出 3市民団体/福島」(8/30)
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20110830ddlk07040155000c.html

「これに対して県は「山下氏は放射線に深い知見を有している」として、解任には応じない姿勢を示した。」

!!!

・・・・・・・。


歴史と同様、こんな時に「たられば」は禁物かもしれないが。もし前の佐藤栄佐久氏が知事のまま原発対応にあたっていたなら、どれだけの住民の被曝が防げたか。事故収束への道のりも大きく違っていたのかと思うと、やはりやり切れない。

自治体にせよ国にせよ。首長選びは、かくも重たい。(選べない場合もあるけれど。。)


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福島第1原発事故 「帰郷困難20年」 住民、立たぬ生活設計
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110828ddm041040065000c.html

◇ばかにしている/故郷に見切りも

「住民の居住が困難となる地域が生じてしまう可能性があるのが残念ながら事実」。東京電力福島第1原発事故を巡り、菅直人首相が27日に福島県で述べた「帰郷困難」発言は大きな波紋を広げた。同県の佐藤雄平知事は「本当につらい、重い話」と沈痛な表情を見せ、地元首長は「とんでもない」と声を荒らげた。原発のすぐ近くに住む人たちには「一時帰宅直後の発言で、ばかにしている」との怒りや「故郷に見切りをつけるしかない」とのあきらめが交錯した。

「帰郷困難」の可能性が高いのは、一時帰宅を長く禁じられ26日にようやく解禁となった大熊、双葉両町の半径3キロ圏内。原発から2.8キロの大熊町小入野に住んでいた会津若松市の無職、杉本征男さん(70)は「生きているうちに帰ることはないだろうと腹をくくっていたから驚きはない」と受け止めながらも「もうお墓参りもできねえ。悔しいな」と怒りをかみ殺す。そのうえで「どこが帰れない地域か明言してほしい。そうでないと、次の行動が起こせない」と求めた。

原発から約3キロに自宅があり、長女とともに岡山県美作市に避難している同町の木村紀夫さん(46)は「いつかは帰りたいと思っていたので気持ち的にはしんどいが、どれくらいの線量で帰れないのか細かい数字を提示したうえではっきり言われるなら仕方ない。ただ、中間貯蔵施設を県内に造るというのは到底納得できない」。

原発から約2.5キロの双葉町細谷に自宅があり愛知県安城市に避難している農業、山本安夫さん(60)は26日に一時帰宅したばかり。「やっと実現した一時帰宅の翌日に、辞める首相が『戻れません』と宣告する。私たちをばかにしているとしか思えない」と憤る。

同じく細谷地区に自宅があり、家族を群馬県高崎市に避難させて原発の収束作業のためいわき市に単身赴任している会社員、遠藤義政さん(50)は「自宅は原発から2・5キロで戻れなくなる覚悟はできている。買い上げなのか借り上げなのか、政府が早く方針を示さないと次の生活が見えない」。

双葉町で農業を営み埼玉県加須市に集団避難した谷充(たにみつる)さん(60)も「どこまでが住めなくなるのか、どんな補償内容になるのか、国は直接私たちに示してほしい」と訴えた。【伊澤拓也、袴田貴行、島田信幸、藤沢美由紀】

◇「中間貯蔵」に知事抗議

この日、菅首相は福島市で開かれた「原子力災害からの福島復興再生協議会」の最終盤に顔を見せ、地元首長らに「(放射性物質の)除染が重要」と強調。ところが佐藤知事との面談で一転し「帰郷困難」に触れた。さらに放射性廃棄物の中間貯蔵施設についても「県内での整備をお願いする」と明言した。

佐藤知事は「県民にとっては本当につらい重い話。住民の帰還(が一部で不可能かもしれないとの)見通しを示す前に、事故の収束、除染に全力を挙げて、一日も早く古里に帰りたいという思いを実現してほしい」と首相に要望。

さらに突然声を荒らげて「中間貯蔵施設のこと、突然の話じゃないですか。困惑している」と抗議し「事故以来、猛烈に苦しんでいる県にとってはきわめて重い話。国としてしっかり対応してほしい」と求めた。

第2原発が立地する富岡町の遠藤勝也町長は協議会終了後「さっきは何のための会議だったんだ。どうして我々の前で(帰郷困難を)言わなかったんだろう。こっちに相談もなしに。とんでもない話だ」とあぜん。「除染もしてないうちに、そんな考え方を示されたら憤りを感じる。我々が一生懸命帰ろうとしているのに、水を差すようなことは言わないでほしい」と厳しく批判した。【種市房子、竹内良和】

(毎日新聞 2011年8月28日 東京朝刊)

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福島第1原発事故 警戒区域、一時帰宅一巡 古里、我が家無残
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110818ddm041040091000c.html

◇室内水浸し、空き巣390件

東京電力福島第1原発事故で立ち入りが制限された福島県の警戒区域(3キロ圏内を除く)への一時帰宅が、今月下旬で一巡する。希望した9市町村の約3万4000人がつかの間の時を我が家で過ごしたが、変わり果てた故郷の姿に「もう帰れない」と落胆した人も多い。警戒区域の住民は戻れる日のめどさえ示されず、避難先で過ぎていく時間に焦りを募らせている。【町田徳丈、蓬田正志】

第1原発の半径20キロ内は4月22日に警戒区域に指定され、3キロ圏外で5月10日から一時帰宅が始まった。会津地方に避難する島田武さん(69)は7月上旬に浪江町に戻ったが、自宅は地震で屋根が壊れて雨漏りし、クローゼットの中の喪服や布団は水浸し。帰った後の生活が頭に浮かばなかった。「これ以上時間がたったら、住めなくなっちまうよ」

7月末に帰宅した楢葉町の猪上(いのうえ)幸四郎さん(64)は、冷蔵庫内の食物が腐り悪臭を放っていた。家の中もかび臭かったが、放射能が心配で窓を開けられなかった。周辺は雑草が腰まで伸び、まるでゴーストタウン。「顔を合わせれば自然とあいさつを交わす素朴な田舎だったのに。帰りたい気持ちが萎えた」。2巡目の一時帰宅に参加するつもりはないという。

多発する盗難被害も避難先の住民たちを不安にしている。県警によると、一時帰宅者の被害申告数は今月12日までで547件。うち7割の390件が現金や貴金属などの空き巣被害。県警は幹線道路に検問所を10カ所設け250人態勢で警戒しているが、区域に通じる道に柵を置いているだけの所もある。

一時帰宅では事足りず、そこから自宅に戻る住民もいる。50代の男性は柵をどけて細い山道を通っては、家財道具を持ち出している。「避難所を出てアパートに落ち着くと、いろいろ必要なものが出てくる。仕事も失い、新たに買う経済的余裕はない」。一緒に行ったことのある40代の男性も「一時帰宅が7月下旬と遅い時期だったので、窃盗被害に遭う前に貴重品などを持ち出したかった」という。2人とも「自分の家のもの以外は持ち出していない」という。

災害対策基本法は、警戒区域に許可なく立ち入り、退去に従わない者に、10万円以下の罰金か拘留を科すとしている。だが今回の震災で検挙者は出ていない。県警は「住民を検挙すると反発されてしまう」と、自宅に戻る人を見つけた場合は「次回は正式な一時帰宅で立ち入る」と始末書を書かせ、口頭注意にとどめている。始末書の提出は約50件という。

一時帰宅の2巡目は9月以降に始まる予定。1巡目は袋一つに入るだけの物しか持ち出しが認められていなかったが、自家用車での帰宅が認められる見通しだ。今月26日には、原発3キロ圏内の住民の一時帰宅も始まる。

(毎日新聞 2011年8月18日 東京朝刊)

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原発周辺住民は「ヨウ素剤飲むべきだった」 識者が指摘

http://www.asahi.com/national/update/0827/TKY201108270350.html

東京電力福島第一原発の事故で周辺住民が飛散した放射性ヨウ素を空中や食品から体内に取り込むことによる甲状腺の被曝(ひばく)は、健康被害を予防する安定ヨウ素剤を飲むべきレベルだった可能性があることが、27日、埼玉県で開かれた放射線事故医療研究会で指摘された。

今回、政府は原発周辺住民にヨウ素剤の服用を指示しなかった。しかし研究会では、原子力安全委員会の助言組織メンバー、鈴木元・国際医療福祉大クリニック院長が「当時の周辺住民の外部被曝の検査結果などを振り返ると、安定ヨウ素剤を最低1回は飲むべきだった」と指摘した。

3月17、18日に福島県で実施された住民の外部被曝検査の数値から内部被曝による甲状腺への影響を計算すると、少なくとも4割が安定ヨウ素剤を飲む基準を超えていた恐れがあるという。

放射性ヨウ素は甲状腺に集まりやすく、甲状腺被曝では放射性ヨウ素の中では比較的、寿命が長い放射性ヨウ素131(半減期約8日)だけが考慮されていたが、広島大原爆放射線医科学研究所の細井義夫教授は「半減期が2時間と短いヨウ素132も考慮が必要」と指摘。理化学研究所などが3月16日に原発30キロ圏外の大気を分析した結果、放射性物質の7割以上が放射性ヨウ素132や、約3日で放射性ヨウ素132に変わる放射性物質だったという。(大岩ゆり)

(朝日新聞 2011年8月28日 8朝刊)

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日医工(4541) 緊急にヨウ素製剤を福島県に約25万人分出荷。(東海東京調査センター)
http://www.nsjournal.jp/news/news_detail.php?id=249942

日医工(4541)は東京電力の福島第一原子力発電所の被害を受け、放射能障害の予防効果の高いヨウ素製剤約25万人分を福島県に発送したと発表。

在庫は約80万人分あり、緊急体制に備えて増産体制を構築中。 
 
東海東京調査センターの解説によると、ヨウ素製剤はヨウ化カリウム丸50mgであり先発品はない。適応症は甲状腺腫。

原子力関連の事故では核分裂生成物が多量に放出されるケースが多い。これが甲状腺に蓄積し甲状腺がんにつながるケースもある。

このため、放射線汚染の場合、放射性でないヨウ素の大量摂取で予め甲状腺をヨウ素で飽和させる防護策が必要。

原料ヨウ素は旭硝子(5201)子会社の伊勢化学(4107)が国内トップシェアと紹介。(W)

(NSJ日本証券新聞 2011年3月17日 12:52)

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山下氏解任求め、署名を県に提出 3市民団体/福島

http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20110830ddlk07040155000c.html

◇低線量被ばく過小評価と

県内の保護者らで作る「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」など3市民団体が29日、県庁を訪れ、県放射線健康リスク管理アドバイザーと「県民健康調査のあり方を検討する有識者委員会」の座長を務める山下俊一氏の解任を求める署名6662通を提出した。同ネットの中手聖一代表は「山下氏は低線量被ばくの影響を過小にみている」と説明している。

これに対して県は「山下氏は放射線に深い知見を有している」として、解任には応じない姿勢を示した。

山下氏は長崎大大学院教授だったが、7月には長崎大を休職して県立医大副学長に就任した。【種市房子】

(毎日新聞 2011年8月30日 地方版)