re:「黒い空のした、ひとの住めない国」の物語
5月5日のこどもの日、日本の原発がすべて止まりました。
停止した北海道の泊原発は定期検査に入っただけですが、まがりなりにも原発稼働ゼロの状況を作れたのは、反対している市民のパワーによるところも少なくないんじゃないかと僕は思ってます。
むろん、権力はこんな反対する動きを蹴散らすことができますが、反対が大きければ蹴散らすリスクが高いことも承知しているでしょう。
経産相は先日、原発ゼロは「一瞬」と口をすべらせました。
この反対の動きを、何倍か何十倍かにしなくちゃいけません。そのためには、思ってるだけじゃダメです。一人が「反対だ」と表明することで、必ず周囲の何人かに影響を与えることができます。
この流れを、ずっと大きくするために、どうか発信をしてください。まずは、原発のことを話題にもしづらい、声を上げづらい状況を変えましょう。
ほんとに民主主義なの?と言われる今の日本。たしかに民意とかけ離れた政策が次々行われていますが、幸いデモや抗議をする権利は保障されてます。けど、いつまでもこの「当たり前」が続くかは分かりません(野田氏が年頭に「共謀罪」成立を宣言したのは5月末の期限でした)。
前フリが長くなっちゃった^^;
ツイッターで、@chan_doraさんという方が連投されていた、北海道新聞のコラム(たぶん天声人語にあたるヤツですね)を転載します。このエンデの本は僕もずっと前に読みましたが、今こんな風なリアリティを持つことになるとは。
がんばっていきまっ書院!(^^)
* * *
北海道新聞【卓上四季】2012年5月5日「くり返さない」
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/369990.html
17年前に亡くなったドイツの児童文学者ミヒャエルエンデの短編連作「鏡のなかの鏡」(丘沢静也訳、岩波書店)は、読む者を不可思議な迷宮界へと誘い込む。
その中のひとつが「黒い空のした、ひとの住めない国」の物語だ。そこは爆弾の炸裂した漏斗形の穴、化石となった森、干上がった河床、延々と続く自動車の墓場がある砂漠のような国だ。真ん中には無人の都市がある。
この核戦争後を思わせる街に1人で立つ子どもの前に、「終わり(エンデ)」と名乗る魔術師が現れる。「いったいどこに住んでるの?」と尋ねるエンデに、子どもは「もうだれもどこにも住めないんだ」と答える。そして2人は新しい世界を探しに地平線に向かって歩いて行く。
さまざまな解釈が可能だろう。ただ、過酷な原発事故と、その収束への途上にある私たちには、この物語は鏡に映し出された未来の肖像画にも見えないか。万が一、福島第1原発で起こったことが、別の原発でも起きたら…。
「くり返すことができる/後悔をくり返すことができる/だがくり返すことはできない/人の命をくり返すことはできない」。谷川俊太郎さんの詩「くり返す」の一節だ。
もう原発事故を「くり返す」わけにはいかない。きょう、「子どもの日」。国内の原発がすべて停止する。立ち止まり、深呼吸をし、どこへ向かって歩むのか、思いをはせたい。
* * *
停止した北海道の泊原発は定期検査に入っただけですが、まがりなりにも原発稼働ゼロの状況を作れたのは、反対している市民のパワーによるところも少なくないんじゃないかと僕は思ってます。
むろん、権力はこんな反対する動きを蹴散らすことができますが、反対が大きければ蹴散らすリスクが高いことも承知しているでしょう。
経産相は先日、原発ゼロは「一瞬」と口をすべらせました。
この反対の動きを、何倍か何十倍かにしなくちゃいけません。そのためには、思ってるだけじゃダメです。一人が「反対だ」と表明することで、必ず周囲の何人かに影響を与えることができます。
この流れを、ずっと大きくするために、どうか発信をしてください。まずは、原発のことを話題にもしづらい、声を上げづらい状況を変えましょう。
ほんとに民主主義なの?と言われる今の日本。たしかに民意とかけ離れた政策が次々行われていますが、幸いデモや抗議をする権利は保障されてます。けど、いつまでもこの「当たり前」が続くかは分かりません(野田氏が年頭に「共謀罪」成立を宣言したのは5月末の期限でした)。
前フリが長くなっちゃった^^;
ツイッターで、@chan_doraさんという方が連投されていた、北海道新聞のコラム(たぶん天声人語にあたるヤツですね)を転載します。このエンデの本は僕もずっと前に読みましたが、今こんな風なリアリティを持つことになるとは。
がんばっていきまっ書院!(^^)
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北海道新聞【卓上四季】2012年5月5日「くり返さない」
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/369990.html
17年前に亡くなったドイツの児童文学者ミヒャエルエンデの短編連作「鏡のなかの鏡」(丘沢静也訳、岩波書店)は、読む者を不可思議な迷宮界へと誘い込む。
その中のひとつが「黒い空のした、ひとの住めない国」の物語だ。そこは爆弾の炸裂した漏斗形の穴、化石となった森、干上がった河床、延々と続く自動車の墓場がある砂漠のような国だ。真ん中には無人の都市がある。
この核戦争後を思わせる街に1人で立つ子どもの前に、「終わり(エンデ)」と名乗る魔術師が現れる。「いったいどこに住んでるの?」と尋ねるエンデに、子どもは「もうだれもどこにも住めないんだ」と答える。そして2人は新しい世界を探しに地平線に向かって歩いて行く。
さまざまな解釈が可能だろう。ただ、過酷な原発事故と、その収束への途上にある私たちには、この物語は鏡に映し出された未来の肖像画にも見えないか。万が一、福島第1原発で起こったことが、別の原発でも起きたら…。
「くり返すことができる/後悔をくり返すことができる/だがくり返すことはできない/人の命をくり返すことはできない」。谷川俊太郎さんの詩「くり返す」の一節だ。
もう原発事故を「くり返す」わけにはいかない。きょう、「子どもの日」。国内の原発がすべて停止する。立ち止まり、深呼吸をし、どこへ向かって歩むのか、思いをはせたい。
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