一時帰宅と首長と。。。
原発3キロ圏内の一時帰宅:
「地元住民沈痛 首相 帰郷困難 発言で」(毎日8/28)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1722152&media_id=2
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110828ddm041040065000c.html
こちらは、先の3キロ圏外のニュース:
「福島第1原発事故 警戒区域、一時帰宅一巡 古里、我が家無残」(毎日 8/18)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110818ddm041040091000c.html
ご一読ください。(最後に転載しておきました。)
故郷を追われるという深刻な状況に対して、冷静に現状を把握して前を向こうとする住民の心持ちが伝わり痛ましい。悲痛とばかり言っていられない現実に立ち向かわんとする気概に、ふかく頭が下がる。
一方、各自治体長の反応はどうであろうか。住民の安全とは違うものを基準としているように思える。少なくとも首長として、事故から25年を経たチェルノブイリの現状や、放射能被害の実際について学習したのだろうか? 事故後に3/23まで、子どもの長袖・マスク着用、外出を控えるよう指示した多摩市長 阿部裕行氏のように。(阿部さんは当初、休校を考えたそうです。なぜ適切な処置ができたか問われ、「高木仁三郎さんの著作を読み込んでいたから」。)
優先されるべきは、住民の被曝を最小限に抑えることであって、根拠なく「安心」をうたうことではない。
ところで先日の朝日、「原発周辺住民は「ヨウ素剤飲むべきだった」識者が指摘」(8/27)
http://www.asahi.com/national/update/0827/TKY201108270350.html
(mixiニュースに見当たりません…。これも最後に転載。)
先ごろ、主張した許容線量をぬけぬけと10分の1に訂正していた、「ミスター100mSv」山下俊一氏の件と同様、「何を今さら」という住民の悔しさや憤りは、想像して余りある。
ヨウ素剤は、震災の翌3/12に、すでに25万人分が福島に出荷されていた。
「日医工 緊急にヨウ素製剤を福島県に約25万人分出荷(東海東京調査センター)」(NSJ日本証券新聞 3/17)
http://www.nsjournal.jp/news/news_detail.php?id=249942
実際にヨウ素剤が配られたのは、いわき市など一部自治体のみだったが、配布後に、国の指示が出ていないとして、県が回収を指示した。
福島県知事 佐藤雄平氏の所業は、他にも様々伝えられるところ(先日は赤十字に義捐金を返却。この道理が全く理解できません・・)。
もちろん、山下氏を放射線アドバイザーたるポストに据えたままでいるのも福島県である。
もひとつ毎日の記事(回しもんではありませんよーw):
「山下氏解任求め、署名を県に提出 3市民団体/福島」(8/30)
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20110830ddlk07040155000c.html
「これに対して県は「山下氏は放射線に深い知見を有している」として、解任には応じない姿勢を示した。」
!!!
・・・・・・・。
歴史と同様、こんな時に「たられば」は禁物かもしれないが。もし前の佐藤栄佐久氏が知事のまま原発対応にあたっていたなら、どれだけの住民の被曝が防げたか。事故収束への道のりも大きく違っていたのかと思うと、やはりやり切れない。
自治体にせよ国にせよ。首長選びは、かくも重たい。(選べない場合もあるけれど。。)
*****
福島第1原発事故 「帰郷困難20年」 住民、立たぬ生活設計
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110828ddm041040065000c.html
◇ばかにしている/故郷に見切りも
「住民の居住が困難となる地域が生じてしまう可能性があるのが残念ながら事実」。東京電力福島第1原発事故を巡り、菅直人首相が27日に福島県で述べた「帰郷困難」発言は大きな波紋を広げた。同県の佐藤雄平知事は「本当につらい、重い話」と沈痛な表情を見せ、地元首長は「とんでもない」と声を荒らげた。原発のすぐ近くに住む人たちには「一時帰宅直後の発言で、ばかにしている」との怒りや「故郷に見切りをつけるしかない」とのあきらめが交錯した。
「帰郷困難」の可能性が高いのは、一時帰宅を長く禁じられ26日にようやく解禁となった大熊、双葉両町の半径3キロ圏内。原発から2.8キロの大熊町小入野に住んでいた会津若松市の無職、杉本征男さん(70)は「生きているうちに帰ることはないだろうと腹をくくっていたから驚きはない」と受け止めながらも「もうお墓参りもできねえ。悔しいな」と怒りをかみ殺す。そのうえで「どこが帰れない地域か明言してほしい。そうでないと、次の行動が起こせない」と求めた。
原発から約3キロに自宅があり、長女とともに岡山県美作市に避難している同町の木村紀夫さん(46)は「いつかは帰りたいと思っていたので気持ち的にはしんどいが、どれくらいの線量で帰れないのか細かい数字を提示したうえではっきり言われるなら仕方ない。ただ、中間貯蔵施設を県内に造るというのは到底納得できない」。
原発から約2.5キロの双葉町細谷に自宅があり愛知県安城市に避難している農業、山本安夫さん(60)は26日に一時帰宅したばかり。「やっと実現した一時帰宅の翌日に、辞める首相が『戻れません』と宣告する。私たちをばかにしているとしか思えない」と憤る。
同じく細谷地区に自宅があり、家族を群馬県高崎市に避難させて原発の収束作業のためいわき市に単身赴任している会社員、遠藤義政さん(50)は「自宅は原発から2・5キロで戻れなくなる覚悟はできている。買い上げなのか借り上げなのか、政府が早く方針を示さないと次の生活が見えない」。
双葉町で農業を営み埼玉県加須市に集団避難した谷充(たにみつる)さん(60)も「どこまでが住めなくなるのか、どんな補償内容になるのか、国は直接私たちに示してほしい」と訴えた。【伊澤拓也、袴田貴行、島田信幸、藤沢美由紀】
◇「中間貯蔵」に知事抗議
この日、菅首相は福島市で開かれた「原子力災害からの福島復興再生協議会」の最終盤に顔を見せ、地元首長らに「(放射性物質の)除染が重要」と強調。ところが佐藤知事との面談で一転し「帰郷困難」に触れた。さらに放射性廃棄物の中間貯蔵施設についても「県内での整備をお願いする」と明言した。
佐藤知事は「県民にとっては本当につらい重い話。住民の帰還(が一部で不可能かもしれないとの)見通しを示す前に、事故の収束、除染に全力を挙げて、一日も早く古里に帰りたいという思いを実現してほしい」と首相に要望。
さらに突然声を荒らげて「中間貯蔵施設のこと、突然の話じゃないですか。困惑している」と抗議し「事故以来、猛烈に苦しんでいる県にとってはきわめて重い話。国としてしっかり対応してほしい」と求めた。
第2原発が立地する富岡町の遠藤勝也町長は協議会終了後「さっきは何のための会議だったんだ。どうして我々の前で(帰郷困難を)言わなかったんだろう。こっちに相談もなしに。とんでもない話だ」とあぜん。「除染もしてないうちに、そんな考え方を示されたら憤りを感じる。我々が一生懸命帰ろうとしているのに、水を差すようなことは言わないでほしい」と厳しく批判した。【種市房子、竹内良和】
(毎日新聞 2011年8月28日 東京朝刊)
*****
福島第1原発事故 警戒区域、一時帰宅一巡 古里、我が家無残
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110818ddm041040091000c.html
◇室内水浸し、空き巣390件
東京電力福島第1原発事故で立ち入りが制限された福島県の警戒区域(3キロ圏内を除く)への一時帰宅が、今月下旬で一巡する。希望した9市町村の約3万4000人がつかの間の時を我が家で過ごしたが、変わり果てた故郷の姿に「もう帰れない」と落胆した人も多い。警戒区域の住民は戻れる日のめどさえ示されず、避難先で過ぎていく時間に焦りを募らせている。【町田徳丈、蓬田正志】
第1原発の半径20キロ内は4月22日に警戒区域に指定され、3キロ圏外で5月10日から一時帰宅が始まった。会津地方に避難する島田武さん(69)は7月上旬に浪江町に戻ったが、自宅は地震で屋根が壊れて雨漏りし、クローゼットの中の喪服や布団は水浸し。帰った後の生活が頭に浮かばなかった。「これ以上時間がたったら、住めなくなっちまうよ」
7月末に帰宅した楢葉町の猪上(いのうえ)幸四郎さん(64)は、冷蔵庫内の食物が腐り悪臭を放っていた。家の中もかび臭かったが、放射能が心配で窓を開けられなかった。周辺は雑草が腰まで伸び、まるでゴーストタウン。「顔を合わせれば自然とあいさつを交わす素朴な田舎だったのに。帰りたい気持ちが萎えた」。2巡目の一時帰宅に参加するつもりはないという。
多発する盗難被害も避難先の住民たちを不安にしている。県警によると、一時帰宅者の被害申告数は今月12日までで547件。うち7割の390件が現金や貴金属などの空き巣被害。県警は幹線道路に検問所を10カ所設け250人態勢で警戒しているが、区域に通じる道に柵を置いているだけの所もある。
一時帰宅では事足りず、そこから自宅に戻る住民もいる。50代の男性は柵をどけて細い山道を通っては、家財道具を持ち出している。「避難所を出てアパートに落ち着くと、いろいろ必要なものが出てくる。仕事も失い、新たに買う経済的余裕はない」。一緒に行ったことのある40代の男性も「一時帰宅が7月下旬と遅い時期だったので、窃盗被害に遭う前に貴重品などを持ち出したかった」という。2人とも「自分の家のもの以外は持ち出していない」という。
災害対策基本法は、警戒区域に許可なく立ち入り、退去に従わない者に、10万円以下の罰金か拘留を科すとしている。だが今回の震災で検挙者は出ていない。県警は「住民を検挙すると反発されてしまう」と、自宅に戻る人を見つけた場合は「次回は正式な一時帰宅で立ち入る」と始末書を書かせ、口頭注意にとどめている。始末書の提出は約50件という。
一時帰宅の2巡目は9月以降に始まる予定。1巡目は袋一つに入るだけの物しか持ち出しが認められていなかったが、自家用車での帰宅が認められる見通しだ。今月26日には、原発3キロ圏内の住民の一時帰宅も始まる。
(毎日新聞 2011年8月18日 東京朝刊)
*****
原発周辺住民は「ヨウ素剤飲むべきだった」 識者が指摘
http://www.asahi.com/national/update/0827/TKY201108270350.html
東京電力福島第一原発の事故で周辺住民が飛散した放射性ヨウ素を空中や食品から体内に取り込むことによる甲状腺の被曝(ひばく)は、健康被害を予防する安定ヨウ素剤を飲むべきレベルだった可能性があることが、27日、埼玉県で開かれた放射線事故医療研究会で指摘された。
今回、政府は原発周辺住民にヨウ素剤の服用を指示しなかった。しかし研究会では、原子力安全委員会の助言組織メンバー、鈴木元・国際医療福祉大クリニック院長が「当時の周辺住民の外部被曝の検査結果などを振り返ると、安定ヨウ素剤を最低1回は飲むべきだった」と指摘した。
3月17、18日に福島県で実施された住民の外部被曝検査の数値から内部被曝による甲状腺への影響を計算すると、少なくとも4割が安定ヨウ素剤を飲む基準を超えていた恐れがあるという。
放射性ヨウ素は甲状腺に集まりやすく、甲状腺被曝では放射性ヨウ素の中では比較的、寿命が長い放射性ヨウ素131(半減期約8日)だけが考慮されていたが、広島大原爆放射線医科学研究所の細井義夫教授は「半減期が2時間と短いヨウ素132も考慮が必要」と指摘。理化学研究所などが3月16日に原発30キロ圏外の大気を分析した結果、放射性物質の7割以上が放射性ヨウ素132や、約3日で放射性ヨウ素132に変わる放射性物質だったという。(大岩ゆり)
(朝日新聞 2011年8月28日 8朝刊)
*****
日医工(4541) 緊急にヨウ素製剤を福島県に約25万人分出荷。(東海東京調査センター)
http://www.nsjournal.jp/news/news_detail.php?id=249942
日医工(4541)は東京電力の福島第一原子力発電所の被害を受け、放射能障害の予防効果の高いヨウ素製剤約25万人分を福島県に発送したと発表。
在庫は約80万人分あり、緊急体制に備えて増産体制を構築中。
東海東京調査センターの解説によると、ヨウ素製剤はヨウ化カリウム丸50mgであり先発品はない。適応症は甲状腺腫。
原子力関連の事故では核分裂生成物が多量に放出されるケースが多い。これが甲状腺に蓄積し甲状腺がんにつながるケースもある。
このため、放射線汚染の場合、放射性でないヨウ素の大量摂取で予め甲状腺をヨウ素で飽和させる防護策が必要。
原料ヨウ素は旭硝子(5201)子会社の伊勢化学(4107)が国内トップシェアと紹介。(W)
(NSJ日本証券新聞 2011年3月17日 12:52)
*****
山下氏解任求め、署名を県に提出 3市民団体/福島
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20110830ddlk07040155000c.html
◇低線量被ばく過小評価と
県内の保護者らで作る「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」など3市民団体が29日、県庁を訪れ、県放射線健康リスク管理アドバイザーと「県民健康調査のあり方を検討する有識者委員会」の座長を務める山下俊一氏の解任を求める署名6662通を提出した。同ネットの中手聖一代表は「山下氏は低線量被ばくの影響を過小にみている」と説明している。
これに対して県は「山下氏は放射線に深い知見を有している」として、解任には応じない姿勢を示した。
山下氏は長崎大大学院教授だったが、7月には長崎大を休職して県立医大副学長に就任した。【種市房子】
(毎日新聞 2011年8月30日 地方版)
「地元住民沈痛 首相 帰郷困難 発言で」(毎日8/28)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1722152&media_id=2
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110828ddm041040065000c.html
こちらは、先の3キロ圏外のニュース:
「福島第1原発事故 警戒区域、一時帰宅一巡 古里、我が家無残」(毎日 8/18)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110818ddm041040091000c.html
ご一読ください。(最後に転載しておきました。)
故郷を追われるという深刻な状況に対して、冷静に現状を把握して前を向こうとする住民の心持ちが伝わり痛ましい。悲痛とばかり言っていられない現実に立ち向かわんとする気概に、ふかく頭が下がる。
一方、各自治体長の反応はどうであろうか。住民の安全とは違うものを基準としているように思える。少なくとも首長として、事故から25年を経たチェルノブイリの現状や、放射能被害の実際について学習したのだろうか? 事故後に3/23まで、子どもの長袖・マスク着用、外出を控えるよう指示した多摩市長 阿部裕行氏のように。(阿部さんは当初、休校を考えたそうです。なぜ適切な処置ができたか問われ、「高木仁三郎さんの著作を読み込んでいたから」。)
優先されるべきは、住民の被曝を最小限に抑えることであって、根拠なく「安心」をうたうことではない。
ところで先日の朝日、「原発周辺住民は「ヨウ素剤飲むべきだった」識者が指摘」(8/27)
http://www.asahi.com/national/update/0827/TKY201108270350.html
(mixiニュースに見当たりません…。これも最後に転載。)
先ごろ、主張した許容線量をぬけぬけと10分の1に訂正していた、「ミスター100mSv」山下俊一氏の件と同様、「何を今さら」という住民の悔しさや憤りは、想像して余りある。
ヨウ素剤は、震災の翌3/12に、すでに25万人分が福島に出荷されていた。
「日医工 緊急にヨウ素製剤を福島県に約25万人分出荷(東海東京調査センター)」(NSJ日本証券新聞 3/17)
http://www.nsjournal.jp/news/news_detail.php?id=249942
実際にヨウ素剤が配られたのは、いわき市など一部自治体のみだったが、配布後に、国の指示が出ていないとして、県が回収を指示した。
福島県知事 佐藤雄平氏の所業は、他にも様々伝えられるところ(先日は赤十字に義捐金を返却。この道理が全く理解できません・・)。
もちろん、山下氏を放射線アドバイザーたるポストに据えたままでいるのも福島県である。
もひとつ毎日の記事(回しもんではありませんよーw):
「山下氏解任求め、署名を県に提出 3市民団体/福島」(8/30)
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20110830ddlk07040155000c.html
「これに対して県は「山下氏は放射線に深い知見を有している」として、解任には応じない姿勢を示した。」
!!!
・・・・・・・。
歴史と同様、こんな時に「たられば」は禁物かもしれないが。もし前の佐藤栄佐久氏が知事のまま原発対応にあたっていたなら、どれだけの住民の被曝が防げたか。事故収束への道のりも大きく違っていたのかと思うと、やはりやり切れない。
自治体にせよ国にせよ。首長選びは、かくも重たい。(選べない場合もあるけれど。。)
*****
福島第1原発事故 「帰郷困難20年」 住民、立たぬ生活設計
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110828ddm041040065000c.html
◇ばかにしている/故郷に見切りも
「住民の居住が困難となる地域が生じてしまう可能性があるのが残念ながら事実」。東京電力福島第1原発事故を巡り、菅直人首相が27日に福島県で述べた「帰郷困難」発言は大きな波紋を広げた。同県の佐藤雄平知事は「本当につらい、重い話」と沈痛な表情を見せ、地元首長は「とんでもない」と声を荒らげた。原発のすぐ近くに住む人たちには「一時帰宅直後の発言で、ばかにしている」との怒りや「故郷に見切りをつけるしかない」とのあきらめが交錯した。
「帰郷困難」の可能性が高いのは、一時帰宅を長く禁じられ26日にようやく解禁となった大熊、双葉両町の半径3キロ圏内。原発から2.8キロの大熊町小入野に住んでいた会津若松市の無職、杉本征男さん(70)は「生きているうちに帰ることはないだろうと腹をくくっていたから驚きはない」と受け止めながらも「もうお墓参りもできねえ。悔しいな」と怒りをかみ殺す。そのうえで「どこが帰れない地域か明言してほしい。そうでないと、次の行動が起こせない」と求めた。
原発から約3キロに自宅があり、長女とともに岡山県美作市に避難している同町の木村紀夫さん(46)は「いつかは帰りたいと思っていたので気持ち的にはしんどいが、どれくらいの線量で帰れないのか細かい数字を提示したうえではっきり言われるなら仕方ない。ただ、中間貯蔵施設を県内に造るというのは到底納得できない」。
原発から約2.5キロの双葉町細谷に自宅があり愛知県安城市に避難している農業、山本安夫さん(60)は26日に一時帰宅したばかり。「やっと実現した一時帰宅の翌日に、辞める首相が『戻れません』と宣告する。私たちをばかにしているとしか思えない」と憤る。
同じく細谷地区に自宅があり、家族を群馬県高崎市に避難させて原発の収束作業のためいわき市に単身赴任している会社員、遠藤義政さん(50)は「自宅は原発から2・5キロで戻れなくなる覚悟はできている。買い上げなのか借り上げなのか、政府が早く方針を示さないと次の生活が見えない」。
双葉町で農業を営み埼玉県加須市に集団避難した谷充(たにみつる)さん(60)も「どこまでが住めなくなるのか、どんな補償内容になるのか、国は直接私たちに示してほしい」と訴えた。【伊澤拓也、袴田貴行、島田信幸、藤沢美由紀】
◇「中間貯蔵」に知事抗議
この日、菅首相は福島市で開かれた「原子力災害からの福島復興再生協議会」の最終盤に顔を見せ、地元首長らに「(放射性物質の)除染が重要」と強調。ところが佐藤知事との面談で一転し「帰郷困難」に触れた。さらに放射性廃棄物の中間貯蔵施設についても「県内での整備をお願いする」と明言した。
佐藤知事は「県民にとっては本当につらい重い話。住民の帰還(が一部で不可能かもしれないとの)見通しを示す前に、事故の収束、除染に全力を挙げて、一日も早く古里に帰りたいという思いを実現してほしい」と首相に要望。
さらに突然声を荒らげて「中間貯蔵施設のこと、突然の話じゃないですか。困惑している」と抗議し「事故以来、猛烈に苦しんでいる県にとってはきわめて重い話。国としてしっかり対応してほしい」と求めた。
第2原発が立地する富岡町の遠藤勝也町長は協議会終了後「さっきは何のための会議だったんだ。どうして我々の前で(帰郷困難を)言わなかったんだろう。こっちに相談もなしに。とんでもない話だ」とあぜん。「除染もしてないうちに、そんな考え方を示されたら憤りを感じる。我々が一生懸命帰ろうとしているのに、水を差すようなことは言わないでほしい」と厳しく批判した。【種市房子、竹内良和】
(毎日新聞 2011年8月28日 東京朝刊)
*****
福島第1原発事故 警戒区域、一時帰宅一巡 古里、我が家無残
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110818ddm041040091000c.html
◇室内水浸し、空き巣390件
東京電力福島第1原発事故で立ち入りが制限された福島県の警戒区域(3キロ圏内を除く)への一時帰宅が、今月下旬で一巡する。希望した9市町村の約3万4000人がつかの間の時を我が家で過ごしたが、変わり果てた故郷の姿に「もう帰れない」と落胆した人も多い。警戒区域の住民は戻れる日のめどさえ示されず、避難先で過ぎていく時間に焦りを募らせている。【町田徳丈、蓬田正志】
第1原発の半径20キロ内は4月22日に警戒区域に指定され、3キロ圏外で5月10日から一時帰宅が始まった。会津地方に避難する島田武さん(69)は7月上旬に浪江町に戻ったが、自宅は地震で屋根が壊れて雨漏りし、クローゼットの中の喪服や布団は水浸し。帰った後の生活が頭に浮かばなかった。「これ以上時間がたったら、住めなくなっちまうよ」
7月末に帰宅した楢葉町の猪上(いのうえ)幸四郎さん(64)は、冷蔵庫内の食物が腐り悪臭を放っていた。家の中もかび臭かったが、放射能が心配で窓を開けられなかった。周辺は雑草が腰まで伸び、まるでゴーストタウン。「顔を合わせれば自然とあいさつを交わす素朴な田舎だったのに。帰りたい気持ちが萎えた」。2巡目の一時帰宅に参加するつもりはないという。
多発する盗難被害も避難先の住民たちを不安にしている。県警によると、一時帰宅者の被害申告数は今月12日までで547件。うち7割の390件が現金や貴金属などの空き巣被害。県警は幹線道路に検問所を10カ所設け250人態勢で警戒しているが、区域に通じる道に柵を置いているだけの所もある。
一時帰宅では事足りず、そこから自宅に戻る住民もいる。50代の男性は柵をどけて細い山道を通っては、家財道具を持ち出している。「避難所を出てアパートに落ち着くと、いろいろ必要なものが出てくる。仕事も失い、新たに買う経済的余裕はない」。一緒に行ったことのある40代の男性も「一時帰宅が7月下旬と遅い時期だったので、窃盗被害に遭う前に貴重品などを持ち出したかった」という。2人とも「自分の家のもの以外は持ち出していない」という。
災害対策基本法は、警戒区域に許可なく立ち入り、退去に従わない者に、10万円以下の罰金か拘留を科すとしている。だが今回の震災で検挙者は出ていない。県警は「住民を検挙すると反発されてしまう」と、自宅に戻る人を見つけた場合は「次回は正式な一時帰宅で立ち入る」と始末書を書かせ、口頭注意にとどめている。始末書の提出は約50件という。
一時帰宅の2巡目は9月以降に始まる予定。1巡目は袋一つに入るだけの物しか持ち出しが認められていなかったが、自家用車での帰宅が認められる見通しだ。今月26日には、原発3キロ圏内の住民の一時帰宅も始まる。
(毎日新聞 2011年8月18日 東京朝刊)
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原発周辺住民は「ヨウ素剤飲むべきだった」 識者が指摘
http://www.asahi.com/national/update/0827/TKY201108270350.html
東京電力福島第一原発の事故で周辺住民が飛散した放射性ヨウ素を空中や食品から体内に取り込むことによる甲状腺の被曝(ひばく)は、健康被害を予防する安定ヨウ素剤を飲むべきレベルだった可能性があることが、27日、埼玉県で開かれた放射線事故医療研究会で指摘された。
今回、政府は原発周辺住民にヨウ素剤の服用を指示しなかった。しかし研究会では、原子力安全委員会の助言組織メンバー、鈴木元・国際医療福祉大クリニック院長が「当時の周辺住民の外部被曝の検査結果などを振り返ると、安定ヨウ素剤を最低1回は飲むべきだった」と指摘した。
3月17、18日に福島県で実施された住民の外部被曝検査の数値から内部被曝による甲状腺への影響を計算すると、少なくとも4割が安定ヨウ素剤を飲む基準を超えていた恐れがあるという。
放射性ヨウ素は甲状腺に集まりやすく、甲状腺被曝では放射性ヨウ素の中では比較的、寿命が長い放射性ヨウ素131(半減期約8日)だけが考慮されていたが、広島大原爆放射線医科学研究所の細井義夫教授は「半減期が2時間と短いヨウ素132も考慮が必要」と指摘。理化学研究所などが3月16日に原発30キロ圏外の大気を分析した結果、放射性物質の7割以上が放射性ヨウ素132や、約3日で放射性ヨウ素132に変わる放射性物質だったという。(大岩ゆり)
(朝日新聞 2011年8月28日 8朝刊)
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日医工(4541) 緊急にヨウ素製剤を福島県に約25万人分出荷。(東海東京調査センター)
http://www.nsjournal.jp/news/news_detail.php?id=249942
日医工(4541)は東京電力の福島第一原子力発電所の被害を受け、放射能障害の予防効果の高いヨウ素製剤約25万人分を福島県に発送したと発表。
在庫は約80万人分あり、緊急体制に備えて増産体制を構築中。
東海東京調査センターの解説によると、ヨウ素製剤はヨウ化カリウム丸50mgであり先発品はない。適応症は甲状腺腫。
原子力関連の事故では核分裂生成物が多量に放出されるケースが多い。これが甲状腺に蓄積し甲状腺がんにつながるケースもある。
このため、放射線汚染の場合、放射性でないヨウ素の大量摂取で予め甲状腺をヨウ素で飽和させる防護策が必要。
原料ヨウ素は旭硝子(5201)子会社の伊勢化学(4107)が国内トップシェアと紹介。(W)
(NSJ日本証券新聞 2011年3月17日 12:52)
*****
山下氏解任求め、署名を県に提出 3市民団体/福島
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20110830ddlk07040155000c.html
◇低線量被ばく過小評価と
県内の保護者らで作る「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」など3市民団体が29日、県庁を訪れ、県放射線健康リスク管理アドバイザーと「県民健康調査のあり方を検討する有識者委員会」の座長を務める山下俊一氏の解任を求める署名6662通を提出した。同ネットの中手聖一代表は「山下氏は低線量被ばくの影響を過小にみている」と説明している。
これに対して県は「山下氏は放射線に深い知見を有している」として、解任には応じない姿勢を示した。
山下氏は長崎大大学院教授だったが、7月には長崎大を休職して県立医大副学長に就任した。【種市房子】
(毎日新聞 2011年8月30日 地方版)
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