火曜日, 8月 23, 2011

せんぱいの日記





マイミクさんでもある僕の大学の先輩が、ご実家近くの浜岡原発について日記を書かれている。(タイトルで、甘酸っぱい想像した方、すんませんm(_)m)

「浜岡原発で想ったこと」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1763116798&owner_id=15984230

たしか広告関係のお仕事をされているはずで、発言には相応の勇気がいったかもしれない。特に守るものがあるわけでもない僕などとは、立場も違うかもしれない。

僕の身の回りでは、原発を話題にする人が非常に少ない。分かりきったことを一々言いたくないのか、言ってもムダと思っているのか、原発維持派なのか、無関心なのかは分からない。彼の日記を読んで、泣き出しそうに嬉しいものを感じた。

日々、いまだに拡がりつづける痛ましい被害、変わらない危機的な状況を知るだけで、原発は即停止すべきものとまず思うが、今回は政治家・官僚や経済界にとどまらず、マスコミ(タレント・文化人含む)も、一部の学者も警察も、懐柔されているから手に負えない。

頼れる大きな組織は皆無だろうと思う。

けども、(原発をやめると経済が困る、というネガティブキャンペーンも広まり過ぎているし)脱原発を願う人が実際どれだけいるのか分からないけども、潜在的に少なくはないだろうその人びとが、声をあげて意思表示をするとしたら、事態を変えられるのではないかと思う。(…と言ったら単純すぎますか?なんて言わない。)

先日つぶやきましたが、第五福竜丸後の反核運動で3千万の署名が集まった。そのような動きがあれば、泊原発の営業再開は阻止できたのではないか。

活動家でも専門家でもない、特に詳しいわけでもない、フツーの(僕のような)人たちが、フツーの生活を送る中で、TVばかりを鵜呑みにせず、自分なりに調べ考え、声を上げるとしたら、大きなうねりを生み出せると思う。安心な暮らしを、未来に取り戻すために。

逆に言うと、今回、それ以外の方法はないだろう。


・・もうひとつ。
脱原発など言っているから被災地救援が遅れる、と言う人がいる。

議論より救済を優先すべきは当然。だが、その論法は逆だろう。原発事故の途轍もない被害のおかげで、被災地救援までが遅れるのだ。